無印良品キャンプ場 外あそび
幼い頃の記憶とともに そうだ、山へ行こう 金子健太◎中学教員 No.049
私はいつも、夜にふと思いつく、「そうだ、山へ行こう」。
そしておもむろに荷をまとめ、夜行に乗って山へ行く。

私の親父は山男だった。一番初めの記憶は幼稚園に入る前。場所はどこだったか思い出せない。ただ、電車に揺られながら、車窓に流れる山々を、幼心に心ときめかせて見上げていたことを覚えている。そして、そこでオコジョに出会ったことも。

冬の雲取山にも連れて行ってもらった。今からもう、二十年以上も前のことだろうか。軽アイゼンも輪かんもつけずに、靴下の上から防寒用のビニール袋を履いただけの超簡易的な装備で。死ぬほど疲れて、めちゃくちゃ寒かったことを覚えている。けれど、真っ白な山頂から見た白銀の世界は、今でも私の脳裏に鮮明に残っている。

そんな親父は、私が小学五年生のころ、他界した。今、私は親父の残した山の道具とともに、親父に代わって山に登っている。目標は日本百名山完全踏破。

今年、区切りの五十山目に登った。新潟県の巻機山、私にとっては親父と登った雲取山以来となる雪山である。あの時と大きく変わったのは、完全な雪山装備を身に付けた自分と、そして、もはや幼児ではなく、あの時の親父の年齢に近づきつつある自分。

雪の深さは、およそ2〜3メートル。宿屋の女将の話では、これでも今年は少ない方だそうだ。輪かんをつけていても新雪の中に足は容赦なく埋まって行く。ラッセルをしながら一歩一歩、牛歩の如く進んでいく。スキーヤーが滑ったのであろうか、幾筋の線が雪上に薄っすらと残っている。

樹林帯を抜け、尾根へ出る。木々はすっかり雪に埋もれ、わずかにその突端が光と空気を求めて雪上に顔を出している。天気は良好。が、頂上付近は雲に隠れ、風は強い。私は吹き付ける風に思わず顔をそむけた。

その瞬間、私の目に飛び込んできた風景。白く浮かび上がる、越群国境の山稜。幼少期の思い出がまるで昨日のようによみがえる。この世に神が創り出した、厳しくも美しい一枚の絵画。私は我知らず息をのみ、暫時、その光景に見入っていた。親父が残していった、二十年も前のダウンジャケットの、胸の部分を握りしめながら。

「そうだ、山へ行こう」

私はいつも、夜にふと思いつく、「そうだ、山へ行こう」。
そしておもむろに荷をまとめ、夜行に乗って山へ行く。
誰も見たことがない、私だけの風景を思い出に刻みつけるために。

そして、私の心に残る、親父との思い出に出会うために。

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金子 健太 金子 健太
都内某中学校の国語科教員として勤務、
山岳部顧問。
山とバイク、フットサルをこよなく愛す。一年を通じて日本各地を気ままに山行、平日は都内各地でクライミングに挑戦中。目下の目標は日本百名山踏破。